『おにぎりの文化史』(横浜市歴史博物館) その1
インターネットで『おにぎりの文化史』(横浜市歴史博物館、河出書房新社、2019)を見つけたのだが、詳しい内容がわからない。アマゾンでも「目次」が載っていない。大型書店で調べに行くというご時世ではないので、「そのうち、書評などで詳しい内容がわかるだろう」と時間稼ぎをしていたのだが、待ちきれなくてネット書店で買ってしまった。ちょっと魅力的なブックデザインだということも、購入の推進力になった。この本は、2014年秋に横浜歴史博物館で開催された「大おにぎり展」の展示図録を再構成したものだとわかった。
本を手に入れてわかったのは、この本は日本人のコメの料理史に「おにぎり」をおまけに付け足したというものだとわかった。つまり、「おにぎり大全」ではないのだ。
私が知りたかったのは、「おにぎりの世界と世界のおにぎり」なのだ。日本の「おにぎりの世界」は類書があるし、ある程度はすでに知っているのだが、さて、「外国では?」となると、どうなのかという興味でこの本を読むと、「なんだよ!」となった。「大おにぎり展」の企画段階で、外国のおにぎりは視野に入っていなかったらしい。書き手が、コメそのものとアジアのコメ食事情についてほとんど知らないらしいとわかった。ある物事に対して、「これぞ、日本独自の文化」だの「ニッポンの特有の文化万歳!」といった昨今のテレビ番組のテーマのような企画にむなしいものを感じているので、この本を批判的に読むようになってしまった。
このアジア雑語林では珍しいことではないが、ああ、またしても、博士たちが書いた本を,一介のライターが批判するコラムになりそうだ。
アジアのおにぎりに関して、小林正史(北陸大学)氏の論文を参考にして、「おにぎりを食べる伝統があるのは、もち米文化圏である東北タイ・北タイ・ラオス・雲南地域だけだという」と報告を紹介している。小林氏の研究はおもしろそうで、ネットで読める論文には目を通した。
上記地域以外にはおにぎりがない理由を、小林氏は2点あげているそうだ。「南アジアや東南アジアの大部分で食べられている粘り気が弱いコメ(インディカや熱帯ジャポニカのウルチ米)は、パサパサした炊き上がりで、おにぎりにまとめることができない。中国や朝鮮半島、東南アジアの一部では粘り気が比較的強いコメを食べているが、冷えた米飯を食べる習慣がない」からだとしている。
そういう記述はあるものの、この本を読んでいると、書き手はコメの基礎とその料理法の広がりに、知識も興味もないようなのだ。このコラムで何度も書いているが、コメは大きく分けてインディカとジャポニカに大別できて、それぞれにウルチ種とモチ種がある。かつて「ジャバニカ(Javanica)」と呼んでいたコメは、今は「熱帯ジャポニカ」としている。したがって、「インディカだから、パサパサ」という説明はモチ種もあるから正確ではない。
86~87ページに、「いろいろな炊飯の方法」を紹介している。「湯取り法(焚き上げる)」にこういう解説がついている。
「コメをゆでる方法である。ゆで汁を捨ててから、さらに熱を加えて炊き上げる。現在の東南アジアでは、おたまですくって湯を捨てる湯取り法が行われている」
おたまを使う炊き方を、私は知らない。家庭ではそんなチマチマした方法で湯を捨てるのだろうか。そんな方法では時間がかかるし、水分が残りすぎる。「現在の東南アジアでは、炊飯器を使うことが多いから、日本と同じように湯を捨てない炊き干し法が普通になっている」なら,正解なのに。89~90ページの解説は意味不明なので、引用しない。
冷えた米飯を食べる習慣がないという説明は正しいようでいて、歴史的に見て、正しくない。保温機能付き炊飯器やガス調理器がある時代で、食事はいつも自宅で食べるということになっていれば、いつも暖かい飯を食べることはできる。毎食ごとに炊飯するなら、いつもあたたかい飯にありつけるが、そんな面倒なことを人々はいつもしていたのか? しかも、野良仕事も山仕事もある。火がいつもすぐに使えるわけではない。「冷や飯は嫌だ」といえば、すぐに暖かい飯にありつけた人は、そう多くないと私は思っている。
長くなりそうなので、外国のおにぎりの話は次回に。