1778話 経年変化 その9

 

魚貝

 少年時代によく食べたが、いまではまったく、あるいはほとんど口にしていない魚が2種ある。ひとつは棒鱈であり、もうひとつは塩鮭だ。

 子供の頃棒鱈をよく食べたのは、父の好物であると同時に、我が家にまだ冷蔵庫がなく、すぐ近所に商店がなかったから、身欠きニシンなどと並んで保存食料として重宝していたからだ。大人になって、子供時代の食事を思い出して、「最近は棒鱈をたべていないなあ」とスーパーで探したら、見つからない。身欠きニシンや赤魚の粕漬けなど昔の魚はあるが、棒鱈が見つからない。もしあれば、ポルトガル料理を思い出し、鱈のコロッケでも作るかと考えていたが、売っていないのだ。もしかすると関西では普通にあるのかもしれないが、関東では築地とかアメ横とか特別な商店街に行かないと手に入らないのかもしれない。

 塩鮭は、どこの魚屋にもあるが、私が探しているのは、焼くと塩を噴き出して真っ白になるような昔ながらの塩鮭だ。今、スーパーの魚屋に置いてあるのは、「薄塩」とか「振り塩」とか「甘塩」、「甘口」などと表示している鮭がほとんどだ。塩分過多は健康に悪いという風潮で、鮭に限らず、昔ながらの塩蔵物が少なくなった。長く保存するために塩をきかせたのだが、健康のために塩を減らすといたみやすくなるから、各種保存料を加えて薬品で保存期間を延ばすことになる。塩も合成保存料も避けたのが、冷凍保存なのかもしれない。

 スーパーで塩鮭を探すと、ごくたまに「辛塩」とか「強塩」などと表示してある塩鮭が見つかる。ついさっき行ったスーパーには、「焼くと塩がふきでる 激辛 紅鮭の塩焼き いにしえの味」と表示した塩鮭があった。いつもは「がまん、がまん」と自分に言い聞かせるのだが、我慢ができないことが年に数回ある。そういう夜は、塩分の少ないおかずを用意して、飛び切り塩辛い鮭を食べる。近頃の「サーモン」と呼ばれる油が多く柔らかい鮭は好みに合わない。「うまい物って、なぜか健康に悪いものが多いのなあ」などと考えながら、ホクホクと身が崩れる鮭を口に運ぶのである。

 昔との比較ではなく、数年前と比べても、イカとサンマはあまり食べなくなった、大好きなのに、販売量が少なく高いのだ。ちょっと前なら、冷凍のスルメイカが安いと、ゲソやエンペラ(三角のヒレ)を刻んで、イカ団子にしたのだが、いまではそんな贅沢料理はできない。

 サンマはサバと並んで大好きな魚だが、ここ1年は生のサンマはほとんど食べていない。あまり売っていないし、店で見てもうまそうじゃない。子供の頃は、サンマを食べる日は、母は七輪を勝手口の外に持ち出して、盛大に焼いた。いまでも、魚は炭で焼くとうまいと思う。

 「関西では、東京の人のように、サンマの塩焼きはあんまり食べないんで、佐藤春夫『サンマの歌』のような思い入れはないんですよ」と京都の人が言っていたのを思い出した。