読み応えのある旅行記を読みたくなって、それならスタインベックかなと思った。『チャーリーとの旅』は、今は岩波文庫(青山南訳)があるとアマゾンで確認した。そのあと、このブログの資料探しに「旅行関連」の棚を点検していたら、サイマル出版会版があった。付箋を貼ってあり、傍線が引いてあり、書き込みもあるのだ。ふたたびアマゾンで確認すると、2009年1月に買ったとわかった。大学の授業の予習用に買ったらしい。10年前は、「読んだけど、内容は覚えていない」が多かったのに、今では買ったこと読んだことも覚えていないという領域に入ってしまった。岩波版とサイマル版(大前正臣訳)と比べると、青山訳はポップな感じがしてそぐわない。というわけで、先ほどからサイマル版をまた読み始めた。
さて。
観光学で教える「旅行の歴史」では、イギリスの「おぼちゃんの留学旅行」であるグランドツアーを紹介する。この団体旅行は、世話人や家庭教師などを引き連れた大名旅行だから、ここで扱う「若者の旅」には含めない。観光学では、19世紀なかばに鉄道を利用したトーマス・クックの団体旅行を「近代ツーリズムの始まり」としているのだが、これもやはり「ツアー」(団体旅行)に目を向けたものだ。金持ちの子供のぜいたく旅行や団体鉄道旅行というビジネスに注目しているというのが、観光業者の学問である観光学である。観光学では鉄道団体旅行の次は、豪華客船の世界旅行の話が続き飛行機の時代へと続くのだが、そういう視点で見ている限り、野山を歩き始めた若者の姿は見えてこない。
この時代の若者の旅の始まりは、ワンダーフォーゲル活動であれユースホステル活動であれ、あるいはイギリスのボーイスカウト活動であれ、山野を歩き、森で過ごす。鉄道という近代文明に背を向けた徒歩旅行である。もう少し普遍化していえば、産業革命以後の、煤煙、石炭灰、騒音、汚水、スラムなど悪化した生活環境から、まだ「近代」に汚染されていない森や高原や渓谷に出かけたのである。近代化に対抗したのが、山野を歩く旅だった。
ドイツに限ったことではないが、その当時のヨーロッパでは、キリスト教以前の古代ギリシャを理想の世界という考えもあった。「牧神の午後への前奏曲』の時代である。シャングリラとかユートピア、カルカディアといった思想も含めて考えないといけないので、旅行学の勉強は大変なのだ。
鉄道の誕生は、旅行業界にとってカネが儲かる団体旅行の誕生だが、歩く旅を始めた若者たちにとっては憎むべき時代だったのだ。1950~60年代のアメリカのカウンターカルチャーとは違うにしても、大人社会への「反」でもあった。
ワンダーフォーゲル運動は、いくつものグループによって思想や行動にさまざまな違いがあるが、「男の結社」という意味合いが強い。日本を例にすれば、保守的な大学の伝統ある体育会運動部に近いかもしれない。「みんなで楽しくハイキング」といった同好会(サークル)ではなく、軍隊的な統制を重視し、キャンプで歌い踊り、裸になるといった同性愛的な行動傾向もあり、日本の旧制高校的でもある。ただし、禁酒の傾向は強い。ワンダーフォーゲル運動に参加した若者たちは比較的豊かな家庭で育ったエリート学生だったということも、アメリカのカウンターカルチャーと似ている部分がある。
ナチスの時代になり、ワンダーフォーゲル活動をしていた者には、ナチスに近づく者もいれば反発する者もいたが、ワンダーフォーゲル団体は国家の唯一の青年団体「ヒットラーユーゲント」に吸収合併されることで消滅した。1936年のことだ。
戦後は、ナチスの影響を強く受けた運動だったということで、ドイツではワンダーフォーゲル活動はほとんど消えている。ただ、ワンダーフォーゲルは歌うことを重要な活動にしていたので、古い民謡が掘り起こされたということもある。旧制高校生は、日本の民謡ではなく、ドイツの歌や寮歌などを歌った。高等教育を受けた若者たちが、所かまわず歌いまくる放歌高吟あるいは高歌放吟というのは、ドイツの影響だろうか。