2401話 海外駐在員 4

 「すぐにまた行くから」と再両替しなかったユーロがまだ手元にある。「これから何年かはヨーロッパとつきあう」と決めて、私にとってはかなりのカネをユーロに両替したのだが、コロナのせいで旅行に行けなくなり、その後航空運賃が高くなり、ヨーロッパには行けず、ユーロはそのままだ。もし、と考える。2000ユーロを25万円ほどで買い、そのまま使わなかったら、現在37万円ほどになっている。もしも5000ユーロ(63万円)両替して、そのまま持っていれば、93万円になっている。こういうのを皮算用という。

 前回からの続き。

 長期間、好きなものが食べられなという環境は、入院生活とか刑務所暮らしというのもある。「異文化で」という条件に当てはめるために、「外国で刑務所や軍隊生活」というのも考えないことにした。

 ああ、刑務所ということで、寄り道をしたくなった。1970年代に名画座で見た「パピヨン」(1973)を、先日テレビで見た。20代に見た映画はよく覚えているなと感心。やはり名作。まったく何も知らずに見たのが「告発」(1995)。アルカトラズ刑務所を閉鎖に追い込んだ実話が元になっている。ケビン・ベーコンの名演。やはり、CGとか爆薬、カーチェイスのない映画って、いいなあ。

 さて。

 異国でどういう料理を食べたくなるかというテーマは、どこに滞在しているのかということと大いに関係がある。ソウルやバンコクなら、何でもあるから、さらに特別な料理を求めるかもしれない。日本で常連となっている店の料理。あるいは、麦トロ、山菜の天ぷら、シジミの味噌汁などが候補にあがるかもしれない。もしかして、九州のベタベタ甘い醤油や名古屋の各種味噌調味料が欲しくなるかもしれない。

 インドやアフリカや中南米の純農村に住んでいたら、まず醤油が欲しくなり、次は日本の米がくるかもしれないが、人のよっては、日本で売っているようなパンが食べたくなるかもしれない。日本のどこででも飲めるコーヒーやサンドイッチがたまらなく食べたくなるかもしれない。つまり、「なつかしい日本の味」は、もしかしてコンビニの食べ物かもしれないという仮説は、見当違いではないかもしれないが、そもそもコンビニにほとんど立ち入らない私としては、この問題をきちんと考察できない。

 私は長い旅をしたことはあまりない。長く旅すると飽きるからだ。旅先の日常生活全般に興味を持っていると、長い旅だと疑問が多くなりすぎて疲れてしまうのだ。だから、旅は半年が限度なのだが、例外だったのが、東アフリカ方面を旅した1年間だ。

 日本の料理はまったく食べていない。そもそも日本料理店などほとんどない地域を旅していた。ナイロビには日本料理店があったが、そこで食うカネがもったいなかった。逆に言えば、「あらゆることを犠牲にしても、日本料理を食べたい」というほどの渇望はなかったということだ。

 アフリカのあとで立ち寄ったギリシャの小島で、退屈しのぎに「何が食べたいかなあ遊び」をやってみた。すぐさま脳裏に浮かんだのは、餃子とトンカツだったのは覚えている。そのほかに焼きそばを思い浮かべてツバを飲んだかもしれない。あれから40年以上たった今、同じ設定で想像しても、同じ料理が上位にくる。私の場合、「あっさりとした日本料理を」とはならない。

 日本料理が嫌いというわけではない。旅先で、日本の味に誘われることもある。イスタンブールのガラタ橋下には、店頭でサバの塩焼きを売る飯屋が並んでいて、サバの塩焼きが大好物だから、ふらふらと店内に足を踏み入れて、焼いているサバを指さした。テーブルに運ばれてきたのは、ステンレス皿に、サバの塩焼き、レモンとパン。「ああ、大根おろしと醤油がほしい! それに茶碗の飯だ」と思った。そう思ったが、思ってもどうなるものでもなく、あるがままに食べ、そして食後の散歩をした。強烈に暑い日は、エジプトではソーメンや冷ややっこを食いたいと思ったことはあるが、熱帯アジアではそんな欲望はまったく浮かばなかった。食の欲求は、環境でもだいぶ変わる。

 予定を超えて、話がまたまた長くなりそうなので、続きは次回に。