2359話 マレー紀行 2025 28 マレーシア語 3

 マレーシアやインドネシアのことで、何か調べたいことがあると、『馬来語大辞典』(旺文社、1942)にあたる。出版から84年もたっているが、現在でもこれ以上おもしろいマレー語辞典はない。残念ながら、この辞典にtandasの語源は載っていないが、興味ある説明があった。

 あくまで、この辞書が出版された1942年時点の解説であるということを念頭に置く。この辞典に、次のような説明がある。多少表現を変えて紹介する。

 tandas=jamban(日常会話ではjambanを多く用いる。便所、厠。kakoe(ジャワ語)便所

 jamban=tandas=kakus=kakoes(ジャワ語)。一般にはジャムバン、ジャワではカクスを用いる。以下、20行ほどトイレの解説がある。jambanやtandasは水上のトイレを指すことが多く、bunga jamban(便所の花)とは、ホテイアオイのことだといった雑学的記述が多いから、この辞典が好きだ。『タイ日大辞典』(冨田竹二郎)と並んで、「読んでもおもしろい辞書」だ。

 現在でも、トイレを表す語はjampanやkukasやkakoesなどを使うようだが、下品な語とされるというから、日本語の「便所」に近いのかもしれない。インドネシアでは、tandasやjampanは下品だとして、婉曲表現のkamar kecil(小さな部屋)を使うようになったが、マレーシアではtandasが残ったということらしい。アメリカでは、toiletは下品極まりないということで、bathroomと呼ぶようになったが、イギリスでは普通にtoiletを使うと言うのを思い出した。

 ついでだから、オーストラリア女性のエッセイを紹介する。その女性がアメリカの友人宅を訪ねたとき、「トイレはどこですか?」と聞いたら、「そんな下品は語は使うもんじゃない。きちんと『バスルーム』と言いなさい」と見下され、厳しく注意されたという。そのアメリカ人がオーストラリアに来た時、「バスルームはどこかしら?」というから、その質問どおり浴室に案内したら、「あのー、バスルーム・・・」、「はい、そこがバスルームですよ」といい放ち、留飲を下げたというエッセイだ。

 インドネシアのトイレの話に戻る。

 どの程度正確かわからないが、ウィキペディアでtandasを調べると、この語はインドのケララ州などの公用語であるマラヤーラム語借用語で、もとは「サンダス」というネット情報があるが、確認が取れない。

 マラヤーラム語でトイレはローマ字表記すれば、kakkoos(あるいはkakkus)だが、これは元はオランダ語のkakhuisらしい。オランダ語がここに登場する理由はふたつ。ひとつは、もともとトイレなどない土地だから外国語を取り入れたということ。もうひとつの理由は、ケララなどインドにもオランダの植民地があったからだ。kakhuisを分解すると、kaka(うんこ)・hais(家、英語のhouse)だ。ヨーロッパではkakaやcacaが幼児語の「うんち」の意味になるというのは、ブラジルのサッカー選手カカの登場で、日本でも知られている(サッカーにまったく興味のない私でも知っているのだから、有名なのだろう)。

 オランダ時代のジャワではkukasやkakoesという語をトイレの意味で使われていたが、調べてみれば元はオランダ語だ。オランダとインドとインドネシアがつながった。しかし、tandasの謎は解けない。素人の空想はここまでだから、専門家の教示を待つ。

 こういうことをやっていると、インドネシア語に入ったオランダ語も調べたくなる。そんなとき、ブックオフオランダ語辞典(1994年、7800円)を5000円で売っているのを見つけた。昨今、ブックオフは強気の値付けをしているから、もちろん買わない。普段はほとんど目にしない『オランダ語辞典』を、ブックオフのいくつかの店で目撃している。多分、まとめて古書市場に流れたからだろう。

 この辞書をアマゾンで調べたら、1000円プラス送料で出品されていて、「さあて・・・」と考えた。10分遊んだら終わりだなと思い注文を控えていて、一週間後の今調べると、最安値の本は売れていて、3600円の値段がついている。

 「本は、見つけたとき、欲しいと思った時に買うものですよ」などと訳知りは言いたがるが、そんなことをしていれば、ひと月に100冊でも買ってしまう。そんな資金はないし、置き場所もない。まあ、図書館に行けばいいのだが、どうも、あまり好きになれない施設なのだ。静かすぎると、気が散る。