696話 台湾・餃の国紀行 2015 第1話

 スクール・ブルー


 お待たせしました(はたして、待っていた人がいたのかという問題はともかく・・・)
 時期的にちょっとずれたが、これから台湾の話を書いていこうと思う。2年前にも台湾の話を書き、この雑語林で連載した。おそらく、同じような話をまた書いてしまいそうな予感はするが、重複を避ける気遣いはしないことにした。そのテーマですでに書いたのかどうか、いちいち調べるのは面倒だからだ。書いた本人が覚えていないことは、読者だって覚えていないだろう。もし、「ああ、またこの話か」と、私の過去の文章に記憶のある方は、ご自分の記憶力を自画自賛してください。
 世間にマリッジ・ブルーというものがあるのだが、2015年1月の私はスクール・ブルーの気分だった。大学での授業は、もう10年以上前からやっているのに、4月から始まる授業のことを考えると気が重かった。「授業が嫌だ」というわけではない。大学の「パートのおっさん」講師だから、週に1回授業をするだけなのだが、毎週通勤するとなると、1週間以上の旅は前期授業が終わる8月まではできないのだという事実に直面して、心が重くなったのである。90分の授業でも、準備にけっこう時間がかかる。参考資料を1冊読むだけであっても、数時間から10時間はかかる。だから、数日の旅行しかできなくなる。
 普通の勤め人からすれば、いや勤め人ではなくて自営業者であっても、「なんと贅沢な悩みなんだ。この怠け者めが!」と天誅を下したくなるだろうが、「普通の生活」をしてこなかった私には、「長い旅ができない時間」があるということが、つらいのだ。予定がなければいつでも旅をしているというわけではないが、「旅の気分じゃないから旅に出ない」というのと、「旅をしたいが出られない」というのは、精神的にかなり違う。
 そういうわけで、モロッコとスペインの旅を終えたばかりだというのに、1月の私は、「授業が始まる前に旅をしたい」という衝動に突然突き動かされた。とにかく、今すぐに旅に出たいのだ。
 旅行先をいろいろ考えた。いたってヒマにしているから、3週間からひと月くらいなら時間が取れる。さて、どこに行くか。タイにはしばらく行っていないが、軍事独裁国家に行く気分じゃない。いつものように、頭に世界地図を広げて、どこに行こうか考えた。ハノイ。サンフランシスコの方がいいなあ。オランダは、寒すぎる。ニューヨークはもっと寒い。「また行きたいな」とずっと思っていた台湾はどうだ? この世で考えられるもっとも快適な旅行地だ。ためしに航空運賃を調べてみたら、とんでもない金額だ。2013年に台湾に行ったときは、往復2万円を切っていたのに、今調べると、最安値でも片道4万円近い。ここ数年の台湾人気のせいだろうか。
 台湾の旅は、快適で安楽で、退屈することがない。だから、台湾に引き込まれるのだが、「それじゃいかん」という声が、心のどこかでする。まだ行ったことのない国に行き、カルチャーショックを受けたり、「こいつはすげー!」などと感動したりといった、刺激的な旅をした方がいいんじゃないかという声がする。まだ、散歩するには充分な体力がある。安楽な旅はまだ早い。AMEXカードが使えない宿はいやだとか、髪1本床に落ちていても嫌だという潔癖性はない。過酷な旅でなくても、新しい旅行地を開拓しようという気はないのかという問いが聞こえるが、「はい、ないんです」とすぐさま答える。旅行国数を増やすスタンプラリーをやろうという気はない。移動距離の長さを自慢したいと思ったこともない。グリーンランドイースター島ホーン岬に行きたいとも思わない。何かの買い出しに行きたい買い物欲もない。コレクション癖もない。私はただ、なんということもないが、しかし魅力的な街を、気ままに散歩していたいだけなのだ。
 「今回は、台湾をあきらめるかな」と思いつつも、未練がましく出発日を変えていろいろ料金を調べると、まるで谷底のように1日だけぽっかりと安い日があった。この便で日本を出て、安い帰国便が見つかれば、台湾旅行は成立する。安い帰国便を探したら、2週間後にあることがわかった。往復の合計料金に諸費用を全部足しても総額が2万円を割る。新幹線で仙台を往復するよりも、飛行機で台湾を往復する方が安いのである。航空運賃は株価のようなものだから、日々刻々と変わる。「欲しいと思ったら、今すぐ購入」という時代だとわかっているから、すぐさま予約。OK。購入決定。2月に台湾に行くことが5分で決まった。深夜の5分間で、安楽の旅が決まった。
 しかし、予約してすぐに、「あっ、もしかして、やってしまったか?」という不安が頭をよぎった。春節旧正月、農歴の正月に引っかかるかもしれないと、あわてて今年の春節を調べたら、悪いことに大当たり。2月19、20、21日の3日間が華人の正月だ。正月は、宿が満室になり、交通機関が込み、飲食店が休みになるというくらいは想像がつく。今回の台湾旅行は、時期的には、春節をあんこにした薄皮饅頭のごときものになっていることに気がついた。これはまずいと、一瞬「予約キャンセル」が頭にひらめいたが、多分、キャンセルできない。できても、手数料がかなりかかる。たとえキャンセルができて、手数料が無料であったとしても、高い料金の別の便を買いなおすことになるのだから、キャンセルなどやめたほうがいい。
 台湾の春節は体験したことはない。できれば、祭りなどの行事などが特にない、ただの平凡な日常の日々のほうが旅先の状況としてはいいのだが、不幸にしてちょうど春節に当たるなら、これをチャンスと楽しんでしまえばいいのだ。真冬の深夜に、「面倒でやっかいな旅になりそうだ」と不安になり、10分ほど冷や汗をかいたあと、「おもしろいじゃないか!」と、居直ることにした。よーし、いくぞ。
 とはいえ、ちょっと不安になって、正月の安宿事情を調べてみた。インターネットで予約できる最低線の宿の予約状況は、正月三が日は、ドミトリーを除いてどこも、ああ、どこも満室だ。18日の除夕(大晦日)に空き室がある宿を見つけたので、詳しく調べてみると、ネットで出している料金よりも実際はかなり高いことがわかった。高額正月料金だ。幸か不幸か、わが愛する安宿群は、ホームページもなく、インターネット予約などできないボロ宿ばかりだから、「行けばなんとかなる。当たってもくだけないぞ!」と勝手に決め込んだ。下手な考え休むに似たり。いざ、出発。走吧(Let’s go)!!
 *帰国後、この航空会社Scootからの宣伝迷惑メールが絶えない。前回はそれほど嫌がらせを受けた記憶はないが、今回はひどい。そのメールの、「受信拒否」をクリックしたら、パソコンが突然フリーズ!! ああ、面倒くさい会社だ。それよりもずっと以前に利用したAir Asiaからの迷惑メールも、何度も「受信拒否」(配信停止)にしても、いけしゃーしゃーと送られてくる。格安航空会社の呪いだと解釈して、あきらめるしかないのか。もっと悪質なのは、Yahooや楽天からのメールで、何度配信停止にしても効果がない。一気に粛清する方法はないのだろうか。