1026話 『ゴーゴー・インド』出版30年記念、あのころの私のインド その17

 Paragon


 パラゴンホテルがちょっと気になって、もうちょっと調べてみたくなった。
 1960年代にイギリスからタイまで旅した少年が、1995年に同じ旅をしたという本に、この宿が登場するのか確認したくなったのだ。バンコクでは、かのタイソングリートに泊まったという話が出てきて、1960年代の安宿事情も分かる資料だ。その本、”On the Road Again”(Simon Dring ,BBC,1995)で確認しようと思ったのだが、ああ、見つからない。大きな本だから、見つけやすいと思ったのだが、ダメだ。「もしかして・・・」と、長い間「開かずの間」のようになっているインド関連書の棚、棚の前にいろいろ物を置いているから、ずっと日陰物のなっている棚を点検したのだが、目的の本は出てこない。『わがふるさとのインド』なんて、おもしろかったなあなどと、棚のインド本を眺めただけの徒労であった。
 BBCが出したこの本は、えらくおもしろかった。著者は1945年生まれで、18歳でバンコクの英語新聞の記者になり、19歳でラオスなどを担当するフリージャーナリストになり、のちにBBCの記者になっているという経歴だ。今でも、アマゾンでこの本が1200円で買えるのだが、もう読んだし、もし買えば、どこかで見つかるに違いない。
 この本のことは、アジア雑語林373話で書いている。
 http://d.hatena.ne.jp/maekawa_kenichi/comment/20111213/1323738976?smartphone_view=0
 https://www.amazon.co.jp/Road-Again-Simon-Dring/dp/0563371722/ref=sr_1_29?s=english-books&ie=UTF8&qid=1502124769&sr=1-29&keywords=on+the+road+again
 https://en.wikipedia.org/wiki/Simon_Dring
 パラゴンのことが、インターネット情報で来歴などが出てこないか調べてみたら、世界のいくつかの町でParagonという名のホテルがあることがわかり、しかも結構な高級ホテルもある。それで初めて知ったのだが、Paragonは、英語だったのだ。
 1、手本、典型、規範
 2、100カラット以上のダイヤモンド。あるいは完全円形の特大真珠。
 なるほど、これで『カルカッタ大真珠ホテル』の意味が確認できた。
インターネットでカルカッタのパラゴンを調べてみると、驚いたことに今もまだパラゴンはある。情報源が、ホテル予約サイトのトリップアドバイザーだというのが時代だが、写真を載せているだけで、予約は受け付けていない(ちなみに、モダンロッジもまだあるとわかった)。
 ここ数年のネット情報を読むと、「日本人が多い」というものがあれば、「日本人は自分だけで、あとは韓国人と西洋人だ」というのもある。自戒を込めて書くのだが、旅行者の個人体験というのは、あまりあてにならない。長期間にわたってしばしば訪れている宿なら、客層の変化をある程度推測できるだろうが、ある年の数日の体験では、「日本人だらけ」の日もあれば、「日本人は自分以外誰も泊まっていない」という体験もあるだろう。私のカルカッタ体験は、ネパールに行く前と、戻ってからの合計10日か2週間ほどでしかない。だから、ある日には「パラゴンに日本人はいなかった」ということはあるだろうが、1974年なら「パラゴンもモダンロッジも、客は日本人ばっかりだった」ということは考えにくい。
 パラゴンは、ドミトリーが6か7ルピーくらいだったと思う。ベッドの広さしかない個室は14ルピーくらいだったか。ほかにもいろいろな料金の部屋があったかもしれないが、私は知らない。地方都市に行けば、個室が8ルピーくらいであった。もちろん、それより安い宿はいくらもあっただろう。視野を広げて言えば、カルカッタのドミトリーは約1米ドルで、これがジャカルタなら2段ベッドのドミトリー料金で、バンコクなら天井から扇風機が下がりダブルベッドに水シャワー付きの大きな部屋とほぼ同じ料金で、東京のドヤ(労働者宿)のベッドひとつ、大阪のドヤ街の個室料金と大差なかった。1ドルが300円時代は、ノミ、南京虫だらけのカルカッタのドミトリーと、大阪のドヤの個室とその料金はそれほど変わらなかった。
 ネット情報では、パラゴンはドミトリーをやめて個室だけにしたらしい、料金は最低で1泊300ルピーだそうだ。現在、1ルピーは1.8円くらいだから、300ルピーは540円ということになる。1974年の個室1泊14ルピーは、490円だった。こういう数字も示して、日本人のインド旅行体験史を、ライターの誰かがていねいに書く必要はある。プロのライターなら、個人の体験の羅列だけでなく、実証も必要なのだが、インドの話はどうも情緒に流されやすい。写真でいえば、マクロレンズと超広角レンズの両方が必要だ。