1811話 雑話の日々 その3

 

美人3話

 それぞれ別の機会に書いたことがある話題だが、この際まとめて紹介する。

 残念ながら、昔から美人とは縁がない。電車で会う程度の美人を見かけることはあっても、思わず立ち止まるとか、2度見するというほどの美人にはなかなか出会わない日常を送っている。芸能人にインタビューするといった仕事もしたことがない。

 九州取材をしていたある夏の日、長崎から船やバスや鉄道を使い熊本まで来た。早朝天草を出たのだが、熊本のホテルに着いたのは、遅い午後だった。まずはシャワーを浴びて、夕飯だ。日中動き回っていたので、昼飯もロクに食べていない。初めての熊本だから、地理に疎く、ホテルのカウンターで「繁華街は、上通(かみとおり)と下通(しもとおり)です」という情報を得て、すきっ腹を抱えて、教えてもらった方向に歩き出した。

 広い歩道の向こうから、美人がひとり歩いてくるのがわかった。ほかに、人はいない。「芸能人? いや、知らない顔だな」と思いつつ、彼女との距離が縮まり、すれ違う寸前に気がついた。「お天気お姉さんだ!」。ホテルでシャワーを浴び、テレビを見ながら髪と体をふいているときに、テレビを見ていた。ワイドショーだ。その番組に出ていたお天気お姉さんが、30分もただずにそのままの姿で目の前を歩いている熊本。

 

 ロサンゼルスのリトル・トーキョーの歩道を歩いている日本人らしき男女ふたり。男はスーツ姿、女は・・・見覚えがある・・・。芸能人ではない。ちょっと知っている人によく似ているが、話したこともない。こんなところにいるような人じゃないから、声はかけなかった。

 小さな出版社。部屋には編集者やカメラマンやライターやデザイナーたち、いわば世間から落ちこぼれたヤカラたちが、大声や小声で打ち合わせや議論やバカ話をしている。ひとり、冷めたコーヒーを飲んでいる者もいるなか、部屋の隅で「わたくし、渋谷のOLでございます」というファッションで経理の仕事をしている人がいた。ファッションをまったく知らない私にも、その出版社の安月給では買えそうにない高そうな服に見えたから、「社長のお手付きかも」という推測していた美人がいた。その人によく似た人を、ロサンゼルスで見かけたのだ。

 帰国してしばらくのち、その出版社の人に会ったので、リトル・トーキョーの1件を話すと、「そう、たぶん彼女だよ」と言った。

 「夏休みに、ロスにいる彼に会いに行くと言って出かけて、退職届を郵送してきやがった。経理の仕事、全部やりっぱなしでさあ、えらい目にあったよ」。

 

 タイ関連の会でちょっと話をすることになり、出かけた。1990年代の話だ。その会の受付をやっていた人が、いままで出会ったなかでもっとも美人だと思える人だった。だから、少々緊張しながら、「初めまして、前川と申します。今日はよろしくお願いします」と型どおりの挨拶をした。

 講演のあと、懇親会があり、うれしいことに、あの受付の美女が私に話しかけてきた。「さきほど、『初めまして』とおしゃいましたが、以前お会いしたことがあるんですよ。」と、驚くことを言った。

 「いっしょに写真を撮っていただいたんですが、当然覚えていらっしゃらないですね。ご記憶にないようですが、チャンマイでお会いしたんです」というのだが、まったく覚えていない。こんな美人に出会っていながら覚えていないということは、どういうことだと自問自答した。夜の暗いレストランかどこかで、彼女は帽子を深くかぶってすっぴんだったとか、気がつかなかった理由をいろいろ考えるのだが、旅先で話しかけられることなどめったにない私が、「いったいどーしたわけだ!」と、まだ30代の私をしかりたかった。

 私は人の顔をなかなか覚えられない。画像認識力が欠如しているのだろうか。