チョウキット市場にたどり着くと、心がうきうきしているのが自分でもわかる。超高層ビルと、超高級ショッピングセンターのKLCC(クアラルンプール・シティー・センター)地区やブキット・ビンタンにうんざりしていた反動で、「よし、ここだ」という感動だ。ただ街の大きな市場というだけで、特徴といえるものはなさそうだ。商品に珍しさはあまりないから、市場をただ歩くだけだが、ひとつだけ目的があった。クルプックを調べてみたくなったからだ。クルプックというのは、揚げせんべいのことで、原料はコメではなくキャッサバの粉で、そこに魚かエビなどを加えて練り、薄切りにして、乾燥させて、油で揚げる。食感はエビセンである。
スーパーマーケットでクルプックを探すと、揚げて袋詰めにした製品は売っているが、乾燥させただけのものはほとんどないない。意外なことに、もっとも品揃えが豊富だったのは、お土産屋街となっているセントラル・マーケットだった。
チョウキット市場を歩くと、クルプック専門店が何軒もあることがわかった。
「クルプック・ウダンが欲しい」と店主に言った。エビ入りのクルプックだ。
残念ながら、店主は英語が苦手らしく、こちらはマレー語が苦手だが、なんとかやりとりができた。
店主は、「これと、これ」と十数種類あるクルプックのなかから、2種類を指さした。オレンジ色がかったのを「マレーシア」といい、灰色に近い色のものを「インドネシア」といった。どう違うのか知りたかったが、質問ができない。店主は電卓を左手に持ち、マレーシア製のものを指さし、「1キロ」といい、電卓をしめした。「12」。1キロ12リンギットという意味だ。インドネシア製は「16」。インドネシア製の方が高いのは輸入した本場の高級品だからか、その理由はわからない。

こういうクルプック専門店が何軒かある。
薄くて小さな薄い片がある。「ウンピン?」と聞くと、「そうだ」。これはキャッサバが原料ではなく、ムリンジョという実だ。インドネシアの市場にいくと、何種類ものクルプックを大きな竹かごに入れて、並んでいる。やはり、クルプックの本場はインドネシアだ。この市場で、ウンピンを含めて各種100グラムずつ買ってみた。後日、セントラルマーケットでも買ったから、クルプックだけで1キロ以上買ったことになる。

クルプックを揚げて袋に入れてある。スーパーではこちらが主流。
ついでだから、帰国後の話もしておこう。買ってきたクルプックを次々と揚げてみたが、出色絶品というものはなかった。「まあまあ」はあるが、うまくふくらまない不良品も混ざっている。総合点で評価すると、日本でも手に入る中国製の龍蝦片がやはり品質が安定していて無難だった。ただし、調査した種類が少ないので、マレーシアのクルプックの全貌はまだわからない。
チャイナタウンから2時間以上かけて歩いてきたので、ここで小休止。腹は減っていないが、水分を補給した方がいいので、食堂でアイスティーを飲んだ。マレーシアの飲み物に関しては、忘れなければ、いづれ別章で詳しく触れるから、ここでひとつのことだけ書いておく。
食堂でアイスティーを注文した。店の奥の厨房を見ると、カップに作ったアイスティーをビニール袋に入れている。持ち帰りではなく、ここでゆっくり座って飲みたいのになあ、注文を間違えたか? 変なことを言ったか? はらはらしながら女主人の手元を見ていたら、1リットルくらい入りそうなプラスチックカップに、袋入りアイスティーを入れた。なるほど、食器を洗わなくてもいい新接客法だ。屋台で、皿にビニール袋をかぶせて料理を盛り、客が食べ終わると、ビニール袋を捨てれば、皿を洗わなくて済むというやり方を見たのは、もう30年以上前だったか、テレビで見た光景で、場所は中国だった。その後、韓国で体験し、今回のマレーシアでときどき体験している。

袋に入れたアイスティーをカップに入れている。右のポットは、食事前後に右手を洗うのに使う。洗った水は、下の容器で受ける。
店には私のほか客がひとりいた。どうやら親戚らしく、食事を終えると店主の三人娘、4歳、2歳、10か月(すべて推定)の子供にポケットから札を取り出して手渡した。「おじちゃんから、小遣いだよ」ということらしいが、その紙幣はオレンジの20リンギット札だ。日本円で800円ほどだが、物価の違いを考えれば倍以上の価値がありそうだ。この食堂で死ぬほど食べて、20リンギットになるかどうかというくらいの金額だ。子供たちは札の価値がわからないんだから、ただ受け取るだけ。店主である母も何も言わず受け取っているから、もしかして本当に「おじいちゃん」なのかもしれない。
店のなかや、前の路地を行きかう人を眺めているこういう時間が好きだ。私には、名所旧跡・世界遺産・あらゆる宗教施設など、ガイドブックに載っている観光名所を見るよりも、こういう何でもない日常の風景を眺めているのが好きだ。言葉がわからなくても、人々の服装やしぐさや、食べ方飲み方を眺め、その場に流れている音楽に耳を傾け、洗濯の仕方や干し方をチェックし、路上で遊ぶ子供たちをただ眺めている。そういう旅の一日がいとおしい。
インスタ映えなんざ、クソくらえ、だ。誰かに見せるために旅しているわけじゃない。

市場の商品と同じくらい、買い物に来た人たちようすも興味深い。