2440話 タイ食文化史をほんの少し 3

 きょうは、タイの歌謡曲集。東北タイ(イサーン)の音を混ぜている。昔は長距離バスではこういう歌が流れていたのだ、今はどうかなあと思いつつ、食文化の話を。

 さて。

 熱帯多雨地域の食材の豊富さに驚く。アフリカにはこれほど豊かな自然は少ない。

 タイに限らず、熱帯多雨地域では、食材は1年中その辺にいくらでもある。栽培などしなくても、食べる植物はいくらでも生えている。

 水があれば、魚は湧いて来る。魚は雨季に卵を産み、その卵は乾季の間は地中で過ごし、雨が降れば卵がかえる。この循環を「魚が湧いて来る」と表現したい。雨上がりのバンコクの住宅地を歩いていたら、道路で小魚が跳ねているのを見たことがある。道路わきの雑木林から「湧いてきた」小魚だ。カやハエや昆虫のように、魚が湧いてくるのだ。

 ふとしたきっかけで、東南アジアの建築・土木工事の動画をよく見るようになった。どうやら、建設重機の宣伝目的の動画のような気がするが、ブルドーザーのよる整地作業の過程がよく登場する。なぜか、場所はカンボジアのことが多い。それは私が求めたのではなく、コンピューターが類似動画を探した結果だ。

 湿地や荒地、草むらや林に土を運んできて、宅地や工業用地にする作業だ。

 盛り土部分が多くなり、水が低い場所に集められていく。泥水がある面積が一戸分くらいになると、見物人が多くなる。私のように土木作業見物ファンでもなさそうにと思いつつ動画を見ていると、ブルドーザーも止まる。水たまりの周りに立っていた人やトラックやブルドーザーの運転手たちも、一斉に泥水に入る。手づかみで魚を捕まえているのだ。小魚ではない。魚は、おそらくナマズの仲間だろう。魚を捕まえると陸に魚を投げ、相棒がバケツなどにしまうか、枝を刺す。

 泥水のなかに、これほど多くの魚が潜んでいたのかと思うほどの大漁だ。工事現場の作業員や近所の人が、今夜のおかずを獲っているのだ。水たまりはまさに水たまりであって、養魚場でも昔からの池でもなさそうだ。雨季に大雨が降り、低い土地に水がたまり、魚が湧いてきて、育ったということだろう。

 次は、バンコクでも食材はあるという話だ。

 バンコクで貧乏学生生活をしていたある人は、「コメとナム・プリックさえあれば、バンコクでも食材はいくらでも手に入る。食べられる野草は、いくらでも生えているんだよ」といっていた。都会育ちのタイ人、特に若いタイ人では無理だろうが、田舎で育ち、家事を手伝っていた若者なら、バンコクでも食べられる野草水草を探すことなどたやすいことだ。

 バンコクの友人宅の話も加えておきたい。ある日、友人宅の庭で話をしていたら、庭の一角にパパイヤがあるのに気がついた。2階のベランダよりも高く育ち、いくつもの実をつけている。

 「あれ? ここにパパイヤがあったっけ?」というと、友人が笑いながらいった。

 「ほら、去年、ここでパパイヤ食べたじゃない。その時のタネや皮をあそこに埋めたら、芽が出て、育ち、あの木になったんだよ」

 1年で数メートルの高さに育ち、実をつけている。パパイヤは表皮は硬いがなかはスカスカで、生長は竹のようにじつに速い。田舎暮らしならば、マンゴーもバナナも、家で育つ、香辛料も育つ。コメさえあれば、あとはどうにでもなる。

 そのコメが、実は問題なのだという話を次回に。