1646話 鉄道の旅 その2

 

 日本国内の鉄道の旅は、かなり昔からプランとしてはあるのだが、なかなか実行に移せない。それが冬の旅だからだ。

 真冬の北海道から東北地方の日本海側の鉄道旅行だ。ストーブ列車でなくてもいい。特急ではなく、各駅停車かせいぜい急行列車に、雪景色を眺めながらただ乗っているだけでいい。バッグには熱いウーロン茶が入ったポットと、おにぎりかサンドイッチがあればいい。朝から暗くなる前まで乗り、その日は駅前ホテルに泊まり、翌日また雪世界鉄道の人になる。路線によって、一気に10時間くらい乗れる路線もあるだろうし、数時間乗って、乗り換えてまた数時間乗車という路線もあるだろう。暖かい車内から、「外はとんでもなく寒いんだろうなあ」と思いながら、雪の山や畑や街を眺めていたい。雪が多い地域で育ったことはないし、寒いのが嫌いだから寒冷地を旅したことがほとんどないから、暖かい場所から寒い場所を眺めていたいのだ。

 自分の旅行で雪国に行ったことはないが、取材で行ったことは何回かある。

 仙台は、もともと雪の多い地域ではないから、冬の取材でも気にはかけていなかった。車道にも歩道にも雪はなく、街を歩いているだけなら、東京と変わりがなかったのだが、ある寺の墓地に行かなければならなくなって、靴が雪で埋もれた。さすがに、墓地は雪かきをしてなかったのだ。

 別の年の冬に、新潟県に行った。新潟県のどの街だったか記憶にないが、寺の彫刻を撮影する旅だった。駅前の小さなホテルでチェックインしていると、「お客さん、東京からでしょ」と宿のおやじが言った。東京生活者ではないが、めんどうだから「ええ」と返事をした。

 「そうだろうなあ、そんな靴履いてここに来るのは、東京の人だ。今年は雪がとんでもなく少ないからいいけど、いつもの年なら、駅からここまで、その靴じゃ歩いて来られないよ」と言って、スニーカーを指さした。

 歩道の隅に雪の小山があるのは、東京の雪の日のようで、自分が雪国に来ていることを忘れていた。新潟での取材を終えて、そのまま帰宅するのはおもしろくないので、日本海沿岸ルートで金沢まで行くことにした。新潟県のどの駅から乗ったか記憶がまるでないが、日本海に沿って走る信越本線を利用したと思う。私が期待していたのは、陰陰滅滅な日本映画のように、吹雪渦巻く日本海を走る鉄道の旅なのだが、その年は雪が少なかったせいか、空も海も陰陰滅滅とはしていたが、雪はあまり見えなかった。残念ながら、白黒映画に出てくるような景色ではなかった。

 真冬に松本に行ったことがある。もちろん、取材旅行だ。新幹線ではなく、中央本線を使ったような気がする。列車が山梨に入ると、線路の両側に雪景色が広がり、その雪がしだいに厚くなり、ついには雪の壁になった。わずか1分くらいだったと思うが車窓の視界が塞がれた。再び雪の平原が見えてくると、畑か水田が広がっているような場所に立つ一軒家の、1階部分がほとんど雪で埋まり、出入りは2階からの方が便利だろうななどと眺めたことを覚えている。そういう旅を、またしてみたいのだ。毎年晩秋になると、「今年は、ついに出かけるか」と思うのだが、旅費を計算すると、ためらう。移動費に宿泊・食費などを合わせて、1日最低2万5000円、10日で25万円以上か・・・という計算が始まり、冬の旅なら雪国用の靴など雪国仕様の装備が必要だろうし、雪国で宿が取れなかったら、遭難・・・・、などという想像もできて、ついつい「今年じゃないか」とあきらめる。熱帯の旅なら、今すぐ出かけられるが、日本国内でも冬の雪国となると、道具とカネと心の準備が必要で、足が前に出ない。

 他にも、冬の雪国に行ったことを今思い出した。長野県の塩尻かどっかだったと思う。乗り換え時間をわざと長くして、街を散歩することにした。駅から外を見たら、歩道は短靴でも歩ける。とくにどこか行きたい場所があったわけではないが歩き出した。遠くにスーパーマーケットの大きな看板が見え、「そうだ、地方のスーパーの品揃えをチェックしてみよう」と思った。見たことのないインスタントラーメンや野菜など、おもしろい商品が見つかるかもしれない。

 スーパーに入ると、その光景は私の生活圏のスーパーとはまったく違っていた。入口付近に大々的に売り出していたのは、ゴム長靴と雪かきスコップだった。神社仏閣よりも、スーパーマーケットの方が確実におもしろい。