981話 大阪散歩 2017年春 第20回

 大阪の食文化


 紀伊国屋書店梅田本店で、大阪関連本を探した。ほかの書店でもすでにチェックをしているので、知っている本ばかりだが、1冊だけ初めて見る本があった。『ちょっと昭和な関西の味』(さいとうしのぶ、リーブル、2016)を棚から取り出してページをパラパラめくっていたら、「若ごぼう」という項があり、「大阪を中心とする関西で食べられている」という記述があり、「なるほどね」と納得して、本を棚に戻した。八百屋で見かけた茎を食べるゴボウは、ほかの地方では知られていないが、大阪ではありふれた食材だと確認した。
 大阪散歩の前に、大阪の食文化の下調べを少しはしていた。『日本の食生活全集 27 聞き書 大阪の食事』(「日本の食生活全集 大阪」編集委員会編、農山漁村文化協会、1991)を読んでいた。昭和初期の食事情を解説した本だから、おもしろいが、今日との接点がない。戦後の外食産業は、『大阪の味』(佐藤哲也保育社、1968)で調べた。そのほか、基礎資料を買い集めて読んでいたが、やはり、今に直接つながる食文化を知りたい。自宅に帰ってからも、大阪の食べ物のことを考えているうちに、梅田の本屋で立ち読みしたあの本、『ちょっと昭和な関西の味』のほかのページも読みたくなって、ネットで注文した。その本が、きょう届いた。
 さっそく読んだ。絵本だから文章は短く、すぐに読んでしまったが、おもしろかった。買ってよかった。「若ごぼう」の話を追加しておく。茎と葉を食べるゴボウは、おもに八尾市で栽培されている。3月から4月上旬に出荷されるというから、私の滞在時期とうまく重なったわけだ。関西の野菜料理としては代表的な「たいたん」にする。「若ごぼうのたいたん」というのは、油揚げといっしょに煮た物で、「たいたん」は「炊いたもの」という意味だ。苦味があるので、子供は嫌いらしい。雑誌「大阪人 特集伝統野菜」(2011年3月号)も同時に届いたが、こちらは参考になる記述はなかった。
 私がすでにこの雑語林で書いた話も載っている。例えば、カレーライスと生卵の話(967話)。おそらく40代だと思われる著者は、こう書いている。
 「子どもの頃、辛いカレーの時はよく生卵を入れていた。父などは、そこにウスターソースをかけていた。生卵をかけることで、辛いカレーが少しマイルドにもなり、ちょっと豪華な感じもした」
 私の子供の頃は、タマゴは高価だったので、タマゴを入れれば「豪華」というのはよくわかる。その昔、おそらく1960年代だろうが、東京の大学の食堂では、新学期が始まると、とたんにウスターソースの消費量が増えるのだと、学食の責任者が語っていた。「ライスカレーにソース」という習慣がまだ地方では残っていたものの、東京ではソースはかけないことを知って、6月頃から学食のソース消費量が激減したそうだ。
 カレーに生卵をのせたり、ウスターソースをかけていたのは、カレー粉を使っていた時代だ。カレールーは濃厚で、甘味もあるから、カレー粉の辛さを緩和するものは必要なかった。昔の家庭のカレーは今よりも辛く、だからタマゴやソースで味を変えたような気もする。
 「豚まん」の項は、こういう書き出しだ(968話参照)。
 「電車に乗っていたら、ぷーんと豚まんの匂いがしてきた。見ると、隣に座っていた女性が『551蓬莱』の紙袋を持っている」
 こういう体験を日常的にしている人には、「大阪市香は551に」という私の主張は充分に理解してもらえるはずだ。
 まだ書いていなかったが、気になっていたことが書いてある。関西と言えば押しずしの世界なのだが、散歩をしていても、押しずしを売る店を昔ほどは見ない。その理由は、回転ずしが広まることで、関西でも押しずしから握りずしへと好みが変わってきているからだというのが著者の意見だ。少なくとも、子供は押しずしよりも、握りずしの方が好きだろうな。