2020-01-01から1年間の記事一覧

1494話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第12回

カオサン その1 バンコクにやってきた若き個人旅行者たちの宿は、年代によって変わる。1960年代から70年代なら、チュラロンコーン大学敷地内にあったユースホステル、YMCA、マレーシアホテルなどの元R&Rホテル(ベトナム戦争当時の米軍兵士休暇専用のホテル…

1493話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第11回

ベトナム ベトナムに初めて行ったのは1996年だった。いま、こうして旅行した年をはっきりと書くことができるのは、いままで使ったパスポートを取り出して、出入国スタンプから旅行先リストを作ったからだ。スタンプが鮮明ではないものも多く、リストは正確で…

1492話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第10回

ラオス ラオスに初めて行ったのは、1994年だった。同じ年、蔵前さんもラオスに行ったのだと、『失われた旅を求めて』を読んで初めて知った。そのちょっと前から、ラオスの個人旅行は解禁になっていたが、ビザ代が異常に高かったのでためらっていた。そのころ…

1491話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第9回

ポカラ 『失われた旅を求めて』には、まだのどかだった1984年のポカラ(ネパール)の姿を見せている。外国人にとってポカラは長い間、登山隊の基地だった。カトマンズから飛行機を利用するのが普通だったが、バスが通れる道路ができたのは1970年代初めらしい…

1490話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第8回

アフリカの街 東アジアや東南アジアの都市を見慣れているせいか、ナイロビに高層ビルが増えても、それほどの変化とも思えない。ごくたまにテレビで見るナイロビの街は、スーパーマーケットなどはできているが、基本的には1982年に私が見たナイロビとそれほど…

1489話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第7回

沙漠の街 沙漠が街になるのは、無から有だから、変貌と呼べるのかどうか、ためらいはある。 シャルジャに行ったのは、1978年だった。シャルジャを国名だと知っている人は少ないだろうし、ましてやどこにあるのか知っている人はなお少ないだろう。私だって、…

1488話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第6回

島 その4 その国がまだビルマと呼ばれていた時代、インレー湖畔でしばらく遊んでいたことがある。1980年代半ばだった。湖畔にはニャウンシェという小さな町があり、ちょっとした買い物や、あるいはどこかに出かけるときは、この町の広場から出る小型トラッ…

1487話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第5回

島 その3 その後も、インドネシアにはたびたび行ったが、バリに行くことはなかった。私は街の文化の方が好きだからだ。バリを再訪したのは、最初に行ってから13年後だった。『東南アジアの日常茶飯』の取材のためだ。1987年のバリは、デンパサールはちょっ…

1486話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第4回

島 その2 「バリは、観光客であふれている」という記述に驚いた。「何をいまさら」と言われそうだが、その記述が1930年代に出版された旅行記のものだから驚いたのだ。面倒なので出典を探さないが、オックスフォード大学出版局が復刊したインドネシア関連書で…

1485話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第3回

島 その1 農村、漁村、島などが観光開発されると、たちまち姿を変える。 バンコクの南にあるサメット島に初めて行ったのは、たぶん1970年代末だったと思う。タイ人の友人に勧められ、行き方を教えてもらい、出かけた。粗末なバンガローが5軒ほどあっただろ…

1484話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第2回

中国 その2 中国には行ったことはないが、入国する気はないのに、審査を受けさせられたこともある。不幸にして北京乗り換え便を利用したときだ。単なる乗り換えなのに、厳しいパスポートチェックを3度と荷物検査を1度受けさせられたことがある。アメリカも…

1483話 『失われた旅を求めて』読書ノート 第1回

中国 その1 予想外にインド食文化話が長引いて、天下のクラマエ師こと蔵前仁一さんの最新作『失われた旅を求めて』(旅行人)にまつわる話をするのが遅くなった。私好みのインド本である名作『つい昨日のインド 1968~1988』(渡辺建夫、木犀社、2004)のよ…

1482話 続編『食べ歩くインド』読書ノート その3(最終話)

パソコンは3年前に買い替えたのだが、officeは2007年版のままで、不具合が起きてきた。そこで、office最新版を入れようと思ったのだが、アマゾンで3万円ほどするのは知っている。「Excelは使わないから、高すぎるようなあ」と思いつつ、DELLのホームページ…

1481話 続編『食べ歩くインド』読書ノート その2

水田耕作は、水が養分を運んでくれるから、大収量をめざさなければ、肥料はなくてもコメの栽培はできる。水田ではなく、畑の栽培は、肥料が必要だ。地味が肥えていれば、肥料なしでも栽培できるが、すぐに養分はなくなる。焼き畑というのは、山の草や木を燃…

1480話 続編『食べ歩くインド』読書ノート その1

インドの食文化の話は前回で一応終わったが、付随する話を書いておきたくなった。 『食べ歩くインド』のあと読んだのが、共同通信社記者が書いた『13億人のトイレ』 (佐藤大介、角川新書、2020)だった。インドで食べる話を書きながら、出す話を読んでいた…

1479話『食べ歩くインド』読書ノート 第27回

手かスプーンか その3 最近のインド人は、どのようにして食べ物を口に運んでいるのかが気になって、相変わらず動画を見ている。ときどき横道にそれるのを楽しみながら、1日1回1時間ほど動画遊びを楽しんでいる。1時間分の動画観察をインド各地でやろうと…

1478話『食べ歩くインド』読書ノート 第26回

手かスプーンか その2 日本でスプーンが普及したのは、カレーライスが広まったからだ。時代的には、関東大震災(1923)のあと、1930年代にカレー粉が広く販売されるようになってカレーライスが家庭の料理になる中で、家庭の食具にスプーンが加わった。そんな…

1477話『食べ歩くインド』読書ノート 第25回

手かスプーンか その1 インド人は手食が当たり前ということは知っているが、スプーンを使うこともあるようだという現場を見た。 最初は、もう5年以上前になるだろうか、テレビをつけたら「世界の車窓から」(テレビ朝日)をやっていた。インドのどこかの駅…

1476話『食べ歩くインド』読書ノート 第24回

金属食器・・1940年代前半、軍人の間で「軍隊小唄」という歌が流行った。 いやじゃありませんか 軍隊は カネのお椀に 竹のはし 仏さまでも あるまいに 一膳飯とは、なさけなや 「カネのお椀」を「カネの盆」にすれば、インドだ。「竹のはし」を「カネの箸」…

1475話『食べ歩くインド』読書ノート 第23回

P298HOTEL・・・”HOTEL“という看板が掲げてあっても宿泊施設はないというカルチャーショックを受けるのは、何もインドだけではない。元英領インドという事なら、インドのほかにパキスタン、バングラデシュも、そして英領セイロン(現スリランカ)も、hotelは…

1474話『食べ歩くインド』読書ノート 第22回

P203サブダナ・・「ヴラト(断食)の際に食べられるサブダナですら元々は東南アジア起源の食材である」とあるが、サブダナがわからない。巻末の用語辞典をみると、「サブダナ・・・西インドでのタピオカの呼称」とある。タピオカはキャッサバのデンプンから…

1473話『食べ歩くインド』読書ノート 第21回

インドの飲み物の話の続きだ。 外国旅行など夢のまた夢だった少年時代、テレビの旅番組、もしかすると「兼高かおる世界の旅」だったかもしれないが、ココナツジュースを飲むシーンを見た。ココナツの上の方をそぎ落とし、ココナツに口をつけて、中の液体をご…

1472話『食べ歩くインド』読書ノート 第20回

P171ソフトドリンク・・インドの非アルコール飲料という事なら、真っ先にとりあげなくてはいけないのは水だろう。私がインドを旅していた時代は、ペットボトル入りの水などない時代だから、水道水を飲む旅行者とビン入り飲料か紅茶しか飲まない旅行者の2種…

1471話『食べ歩くインド』読書ノート 第19回

P161立ち食い・・だいぶ前から、立ち食いについていろいろ考えることがあり、折に触れて情報を探している。最初の情報は、『東西「駅そば」探訪』(鈴木弘毅、交通新聞社、2013)で、「立ち食いソバは、今は立ち食いではなくなっている」というものだ。立ち…

1470話『食べ歩くインド』読書ノート 第18回

P117カダムバットというライスボール・・たこ焼きの話の次は、おにぎりだ。南インドクーグル料理の代表的料理におにぎりがあるそうだ。117ページに丸めたメシの写真がある。大きさはわからないが、ピンポン玉くらいの大きさではないかと想像する。「日本のお…

1469話『食べ歩くインド』読書ノート 第17回

P108ヤシ・・ヤシ酒の話は1459話ですでにしたが、ここではヤシをまとめて解説してみよう。 熱帯の風景といえば、白い砂浜にココヤシというのが「お決まり」なのだが、ココヤシの林、つまりヤシのプランテーションは植民地化以後の風景である。ヤシを自家用に…

1468話『食べ歩くインド』読書ノート 16回

P42tiffin・・私が初めてtiffinという語に出会ったのは、シンガポールの、かのラッフルズホテルの”Tiffin Room”という北インド料理店だった。ある雑誌が、「シンガポールで、何か面白い企画を」と依頼され、出版社がカネを出してくれるなら、この機会に体験…

1467話『食べ歩くインド』読書ノート 第15回

『食べ歩くインド 南西篇』 今回から、『南西編』に入る。 P15菜食・・このページの文章が、私にはよくわからない。インド料理を知らない私がいうのは、ちゃんちゃらおかしいと言われそうだが、私の疑問はこういうことだ。 「一般的なイメージとして持たれて…

1466話『食べ歩くインド』読書ノート 第14回

コメの話の3回目だ。 『料理の起源』に続いて、『アジア稲作文化の旅』(渡部忠世、NHKブックス、1987)から情報を探した。この本の内容に、記憶はない、傍線も付箋もないから、もしかして読んでいないのかもしれない。そんな気がしたのは、この本はもっぱ…

1465話『食べ歩くインド』読書ノート 第13回

コメの話の2回目だ。 渡部忠世は昔の稲の姿を求めて、インドに行った。ビハール州のナンダンガールという小さな村にある「アショカ王朝期」の遺跡で、タイと同じように日干しレンガに残された籾を調べた。「アショカ王朝期」というのがマウリヤ朝という事な…