2012-01-01から1年間の記事一覧

437話 冨田先生が残したもの 前編   ―活字中毒患者のアジア旅行

冨田先生が亡くなった。 私は先生の教え子ではないが、いままでの功績を考え、大いにお世話になった感謝の意と、たまたま父と同じ1919年の生まれということもあって、敬意を表して「先生」と呼んでいた。私は誰に対しても「先生」とは呼ばない。「さん」づけ…

436話 どうにも、すごいぞ、これは・・・・ ―活字中毒患者のアジア旅行

いや、びっくりした。こんな本が、今でも、現実に存在するんですねえ。『ダッカの55日』(大嶽洋子・大嶽秀夫、中央公論新社)には驚かされた。バングラデシュの本は少ないし、古本屋で半額だったので、内容をよくは確かめずに買った本だ。著者ふたりの名を…

435話 古書と古本屋歩き  ―活字中毒患者のアジア旅行

先日、東南アジア文学の原稿を書いていて気がついたのだが、タイ文学の名作『東北タイの子』も『蝶と花』も、すでに品切れになっていた。この手の本の場合、「品切れ・再版未定」というのは、「絶版」とほとんど同じ意味だ。「この手の本」というのは、増刷…

434話 シェムリアップにて  ―活字中毒患者のアジア旅行

私は不幸の星のもとに生まれてきたらしい。 書いていた本の発行が遅れたために、タイに来たのが暑い盛りになってしまった。今年はエルニーニョの影響とかで、ずっと暑い日が続いているらしい。雪が降っているころに日本にいて、タイに来たら、汗でパンツが濡…

433話 アジアの練習問題  ―活字中毒患者のアジア旅行

次の文章を読んで、誤りがあれば訂正せよ。 ①東南アジアの別称は、インドシナである。 ②東南アジアの人たちがトイレで紙を使わないのは、インド文化の影響である。 ③東南アジアの4月5月は、乾季にあたる。 ④ビルマのワイロ政治は、アジア特有のずさんさのせ…

432話 生活を覗く  ―活字中毒患者のアジア旅行

韓国で初めて泊った宿は、伝統的な民家をそのまま利用した民宿だった。田舎で訪れた家のなかに、白いペンキで塗装したアーリーアメリカン調の医院があった。取材では、マンションにも行ったことがある。 そんなことを思い出しながら読んだのが、『韓国現代住…

431話 大衆文化とバンコクのパッポンの話  ―活字中毒患者のアジア旅行

いつもの冬眠旅行を終えて帰国したところなので、日本ではまだ本の買い出しには行っていない。タイで買った本のうち何冊かを同時に読み始めたままで帰国することになったのだが、日本語の本がいくらでも手に入る日本では、このまま英語の本をコツコツ読んで…

430話 なぜか、今回は女が書いた本特集  ―活字中毒患者のアジア旅行

日本に帰ってくるとヒマだから、晴読雨読活字三昧の日々。最近読んだ本を、片っぱしから紹介してみよう。今回は、なぜか女が書いた本が多くなった。 まずは、パキスタンの小説。『ダーダーと呼ばれた女』(ハディージャ・マストゥール著、鈴木斌編訳、大同生…

429話 フィリピンの小説、まとめ読み  ―活字中毒患者のアジア旅行

『ライ麦畑でつかまえて』のホールデン少年が、大学生になってマニラにやって来た。『民衆』上下(フランシスコ・ショニール・ホセ著、山本まつよ訳、めこん)の、最初のページを読んでそんな印象を受けた。しかし、フィリピンのこの少年ペペは、アメリカの…

428話 世界三大スープの謎を追い、食文化研究を考える  ―活字中毒患者のアジア旅行

おそらくもう何百回も使われたキャッチフレーズ、「世界三大スープのひとつ、トムヤムクン」。タイ料理やタイ料理店を紹介する雑誌記事にこのフレーズが登場したら、「私、タイのこと知りません。苦し紛れに、常套句を使っています」と告白しているようなも…

427話 アジア本の欠陥  ―活字中毒患者のアジア旅行 

今年のベスト1はすでに決まっている。「第三世界の外食産業」を特集した「アジ研ニュース」(1991年1.2月合併号)だ。いずれ「アジアを見る眼」シリーズの1冊として、単行本として発売されるだろう。 今年のベスト2か、あるいはこちらをベスト1にしてもいい…

426話 バンコク1991年2月  ―活字中毒患者のアジア旅行

「おい、どうしたわけだ!」と嘆きたくなる。いつもなら、バンコクに来て第1回本屋巡りをやれば、すぐさま段ボール箱1個分くらい読みたい本が見つかって、そのなかから、とりあえず、今買っておかないといけない本を厳選して買い集めているうちに、結局は…

425話 人生はおもしろい  ―活字中毒患者のアジア旅行

ケニアの北、エチオピアとの国境上にあるトゥルカナ湖のほとりに建つ掘立小屋の飯屋で、テラピアのフライを食べていた。淡水魚だが、海水魚のような味でなかなかうまい。店の柱にくくりつけたトランジスターラジオから、雑音まじりでなつかしい歌声が聞こえ…

424話 無知も、ときには味方する   ―活字中毒患者のアジア旅行

私はなまけ者で、根気がない。だから、学問に関しても、基礎からコツコツと地道に勉強していくのはどうも苦手だ。中学卒業以後、まともに勉強などしたことがない。それが、数多くある私の欠点のひとつだと思うのだが、無知と無教養がときには味方することも…

423話 お嬢さん留学・遊学記   ―活字中毒患者のアジア旅行  

『オラワン家の居候』(鶴田育子、文藝春秋)を読んで、腹が立った。よくも、まあ、こんな内容のない本が世に出たものだ。元来、女性が書いた本はあまり読みたくならない私だが、皮肉にもこの本がきっかけとなって、女性が書いた留学・遊学記をまとめて読む…

422話 「活字中毒患者のアジア旅行」抄 第1回 バトパハ

序文 神田神保町のアジア文庫が出していた「新刊案内」に、エッセイを初めて書いたのは、第17号(1988,10~11)で、以後途切れることなく、最終号の104号の87回まで連載が続いた。「新刊案内」というのは、アジア文庫に入荷した本がリストになっているだけな…

420話 毎日のよしなしごとに腹を立て(よしなしごとは、「よしな、仕事」じゃないよ、念のため)

この連載は年長者の読者を考えて、1回分の長さは千数百字程度を目標にして書いているので、長くなる場合は何回かに分けて掲載している。若者はどうだか知らないが、私はモニターで長文を読むのはつらいのだ。読み続ける根気をなくす。1回分にはならない短…

421話 裕次郎映画と戦後海外旅行史

戦後の日本映画と海外旅行というテーマはじつに興味深く、ある程度はやったのだけれど、文章で説明してもなかなかわかってもらえない。ちょうどWOWOWシネマで石原裕次郎特集をやるので、今回は珍しく、お知らせだけ。ゆっくりと文章を考ええいると、放送が終…

419話 なんなんだろうなあ、このバックパッカー論  後編

引き続き、『旅を生きる人びと バックパッカーの人類学』(大野哲也、世界思想社、2012)を取り上げて、考える。 私は原文を読んでいないのだが、『地球の歩き方 アメリカ』の1980年版には、バックパキングの4条件が書いてあるそうだ。大野氏によれば、次の…

418話 なんなんだろうなあ、このバックパッカー論  前編

バックパッカーに関する研究で博士論文を書いた人がいるようで、どうやらその論文が出版されるらしいという噂を耳にして(正確には、「ネット上で知って」だが)、本屋の人文書コーナーの専門書を探したが見つからず、店を出ようとしたところで、出口の脇の…

417話  なぜか、便所本の書き手には女が多い

注文していた本年3冊目の便所本がきょう届いた。注文するときに、ついうっかりして総ページ数を確認するのを忘れた私がいけないのだが、届いたのは52ページの小冊子だった。”World Travel and a History of Toilet” (Jane Schauer , Kreav Pub. 2008)という…

416話 “Bathroom Signs”という本で、ちょっと遊んだ

同時に何冊か注文した「便所本」の2冊目が、ついさっき届いた。 ”Bathroom Signs”(I.P.Daily , Charlesbridge Publishing , 2011)という本だが、日本人にはこのタイトルはクセ者だ。Bathroomが、バスルームではないからだ。Bathroomは、イギリスでは「浴室…

415話 『この便所で、クソするな』 後編

前回の続きだ。 いくつか内容を紹介してみようか。 「健康」という項目には、「旅行者がかかる病気トップ10」が載っている。旅行と病気という話なら、マラリアだの下痢や肝炎だのといった話が出てくるのがまともな旅行解説書なのだが、そういう話題はいっさ…

414話 『この便所で、クソするな』 前編

恒例により、今年も便所本検索をしてみた。日本語の便所関連書は、読みたい本や読むべき本は、論文集や私家版を別にすれば、おそらくもうほとんどないと思う。かつて乃木坂にTOTOの資料館があったときに、何度も通って多くの資料に目を通し、TOTOの社史など…

413話 中国・家庭料理の現代史 

芥川賞を受賞した中国人作家、楊逸(ヤン・イー)が書いた『おいしい中国 「酸甜苦辣」の大陸』(文藝春秋)が発売されたのは2010年だが、私がこの本を知ったのは翌11年だった。ちょっと大きい書店ならまだ置いているだろうと思って、書店の棚を探したのだが…

412話 路上食の時代

アマゾンの「洋書」をいくつかのジャンルごとに定期的にチェックしていると、出版の傾向がわかってくることもある。食文化関連の本を調べていると、ここ5年ほどで“Street Food”という言葉がタイトルに入った本が数多く出版されていることに気がついた。外国…

411話 ロサンゼルスのニューヨークホテル

だいぶ前から、旅行の歴史、とりわけ若者の旅行史が知りたくて、ぽつりぽつりと調べている。「若者たちの世界旅行」と限定して考えれば、アメリカから始まったビート、そしてヒッピーの誕生はキーワードのひとつとして欠かせない。1950〜60年代の若者の旅行…

410 話 またまた、聖火リレーの話

日本の海外旅行史の資料として買った『飛行機がよくわかる本 ヴィンテージ飛行機の世界』(鈴木真二監修、PHP研究所、2009)を読んでいたら、予想もしていなかったことなのだが、1964年の東京オリンピックの聖火リレーと飛行機の話が出てきたので、行きが…

409話 県境を越えるバス旅行 後編

テレビ番組で、「バブル時代を検証する」というようなものがあり、不動産屋が東京の路上に立って、バブル時代の思い出を語っていた。 「この路地1本で、運命が変わったんです。ここから右が豊島区、左が板橋区。この路地の左右で、土地の値上がり方がまった…

408話 県境越えるバス旅行 前編

埼玉県新座市から東京都武蔵野市吉祥寺に行こうと思った。なぜかという理由を説明するとややこしいし、説明してもおもしろくもないので、「とにかく、行く!と決めた」ということにしておく。 もっとも単純で、だから所要時間も短く、費用も少ないのは、武蔵…